祖母

子どもの頃、祖母が苦手だった。    
夏休みと冬休みを新潟の祖父母の家で過ごしていたが、一緒に住んでいるわけではないので、何を話せばいいかわからなかった。

 

祖母の家の床の間には、仮名の掛け軸がかかっていた。
仮名文字の細い曲線が、なめらかできれいだと思った。
「おばあちゃんが書いたんだよ」と、誰かが教えてくれた。
農業と家事をしている人だと思っていたので、意外だった。

今年で習字をはじめて10年になる。

 

祖母の家には、いつも4、5匹のねこがいた。
私が追いかけると、どのねこも逃げたが、祖母の近くでは静かに佇んでいた。
寝床の近く、冷蔵庫の上、ミシン台の影。
つかず、離れず、祖母のそばにいた。

今年、ねこを飼いはじめて、こちらも10年近くになる。

 

もう一つ思いだすのは、新宿伊勢丹地下のティールームだ。
晩年、膠原病を患った祖母は、定期的に東京に治療に来ていた。
治療の帰りに、そのティールームで2,000円もする紅茶のセットを頼んでいたのだと、母から聞いた。
「こんな高いところで」とか「田舎者だから、こんな高い店に入ってしまう」とか、そんなことを言っていた気がする。

祖母は、母の前で、「俺、全部やった」と言ったことがあったらしい。
結婚、子育て、農家、介護、孫の世話、病気。
自分は全部やったとは到底言えない。でも、PAULでちょっと高めのパンを買ったり、カリフォルニアのワインを買ったりする。
そんなとき、祖母を思い出す。

 

他に思い出すのは、自宅の居間に置かれた介護ベッドで、寝る姿だ。
床ずれが痛いと言っていた。
その時、「床ずれ」という言葉を初めて聞いた。

 

話すことは多くなかった。
でも、たくさん見せてくれた。

 

ーーお盆に寄せて。

Bialystocks 単独公演 於:日本武道館(2026/7/15開催)レビュー

Bialystocksの武道館単独公演は、「音楽はインプロバイズであり、その場かぎりである」という原点に立ち返るようなコンサートだった。全体を通して印象的だったのは、演奏曲の大胆なアレンジである。知っているはずの曲なのに、まるで初めて出会う音楽のように感じられる瞬間が何度もあった。

 

武道館内にはアーティストのTシャツを着てタオルを肩にかけた若者があふれていた。しかし、彼らはタオルを振り回して盛り上がりにきたわけではないのだと思う。この二人の作る音楽が好きで、敬意、憧れ、そういった感情を何らかの形で表現したい、ただそれだけであり、その気持ちは自分にも良くわかる。なぜなら、自分もまた彼らの音楽を愛しているからだ。バンドが大衆化していくことに寂しさを感じるが、是非もないことなのだろう。

 

後半の「コーラ・バナナ・ミュージック」が個人的にハイライトだった。「うっわ、かっこいい・・・」と心の中で声が漏れて、絶句・・・。誰がふつう「コーラ飲みすぎて、バナナを食べすぎて」という歌詞で、あれほど格好よく人を魅了できるのだろう?
その他、印象に残ったもう1曲は前半の「Thank You」である。聴いていて、Jacob Collierの多重録音を思い出した。多重録音なのか、コーラスを生成するツールを用いたものなのか不明だが、ヴォーカルの甫木元氏の綺麗な声を生かしたアレンジだったと思う。これを聴いて、彼の声を生かした多重録音作品が出たらぜひ聴いてみたいと思った。

 

一方で、甫木元氏のヴォーカルは、今回は武道館という大箱に少し負けている感じがした。あるいは、ドラムなどのバックバンドの音量とのバランスだったのかもしれない。彼の歌は力強さだけでなく、繊細なファルセットにこそ大きな魅力がある。今回も決して彼の声が出ていなかったわけではない。その繊細さが埋もれてしまわないように、音響への配慮がかなり大事なのだろうと感じた。

 

菊池氏のキーボードは文句なしのカッコよさだった。彼の即興があってのBialystocksなのだと思う。しかし、即興が盛り上がってきて、「ああ、最高だ」となっても、すぐに流れるように次の音楽に入っていき、観客にリアクションする隙を与えてくれない。拍手なり称賛の気持ちを表したいのに、彼はどんどん次の曲に行ってしまうのだ。クールなピアニストなのだと思う。

 

音楽は、全体のバランス、調和というものがまずは大事だと思う。聴いていて心地よくあること、そこからそのアーティストの個性や色気というものが立ち上がり、人を魅了するのだと思う。そんな全体的調和に出会える機会は決して多くない。だからこそ、その瞬間に立ち会いたくて、人はライブというその場限りの音楽を追い求め続けるのかもしれない。

今回は、甫木元氏の声が負けぎみな点が若干惜しかったが、それを差し引いても、音楽的な驚きに満ち、ライブ感に溢れる素晴らしい夜であった。

Bialystocks単独公演2025 

4/25に行われたBialystocksの単独公演 2025@東京国際フォーラム は、音楽と映像が美しく融合した世界に酔いしれるひとときだった。

 

これまでPOPSのコンサートといえば、一緒に歌うよう促されたり、立ち上がって、音楽に合わせて体を揺らしたりするもの、と思っていたが、このコンサートにはそのような要素が一切なかった。初めは、そのようなアーティストとの交流が一切ないスタイルに馴染むことができずにいたが、やがて彼らが、音楽と映像美を通じて、交流しようとしているのだと気がついた。ひたすら音楽を演奏し、観客を引き込むスタイルは、クラシック音楽のコンサートのようで、実際、格好良かったと思う。

 

実は、今回が初めてのビアリのコンサートだった。それまでスマートフォンで楽曲を聴きながら感じていたのは、「どの曲がライブで盛り上がるのだろう」という素朴な疑問だった。YouTubeにアップされた楽曲たちは、総じてさらりとしていて、環境音楽とまでは言わないが、水が流れるように、風が吹きぬけるように、今ここにあった音楽が、無に帰してしまうような、儚さが漂う。それでいて、感情の奥深くに作用する。「この体験をどうやって大勢の観客相手にやるの?」という疑問である。

 

しかし、蓋を開けてみれば、「灯台」「I Don't Have a Pen」など盛り上がる歌あり、バラード調でしっとりと歌い上げる歌あり、でかなりメリハリのある展開だったと思う。あと、スマホでは気づかなかったが、ピアニストの菊池氏の演奏がジャジーで素敵だった。逆に、「光のあと」などは、今ひとつだった。このバンドを知ったきっかけの歌であり、何度も繰り返し聴いた楽曲だったが、スマホやYouTubeで聴く際に感じる、疾走感が感じられなかった。あの曲は、コンサート会場で聴くよりも、街中や駅のホームなど、日常生活の風景の中で聴く方が、感情の高まりを感じられるのかもしれない。昔の思い出に帰って行くような感覚がする稀有な曲なのだが、その感覚を、音楽だけでなく、映像を用いることで出せないものだろうか?自分の感受性が足りなかったのかも知れないが、別のアレンジ、あるいは何か映像があれば、まるで日常風景の中で聴いているかのような感じ出せるのでは?と思った。

 

ボーカルの声の素敵さはもちろんだが、ピアニストの方の今後の演奏に注目していきたい。

BTSの아리랑

BTSアリランツアーに外れてしまって、とても残念。

アリランという新曲のタイトルを聴いたとき、人生がここでこうつながってくるのか、という不思議な感覚があった。

 

アリランは、子どものころ合唱団で歌った世界の歌のなかの一曲だった。

アリランアリラン、アラーリーヨーと、その意味するところもわからず、歌っていたあの頃。

どこか陽気でのびやかなメロディだと感じてはいたが、このたび意味を調べてみたら、別離の悲しさ、人を恋しく思う気持ち、希望など、さまざまな感情を意味することばとのこと。

どうも、陽気なだけではなかったらしい。

様々な意味を包含しているということで、日本人にとっての、をかし、や、もののあはれのような、概念的な言葉なのかもしれない。

 

あの呪文のようであったことばに、長年の時を経て、人生のここでまた出会うのかという感慨、아리랑とハングルで読めたことへの喜び、さまざまな感情が沸き起こった。

 

BTSが表現する아리랑は、どのような風景なのだろう。コンサートは落選してしまったが、3/20の発表をめちゃめちゃ楽しみにしている。

 

 

 

ダイエット計画

過去最高に太ってしまったが、胸がふっくらしたのはいいかもしれない。そこで、これをキープしつつ、顔と下腹をすっかりさせるプランをAIに考えてもらった。

 

<2月までの−1kgプラン>

目標

期間:今日から2月末まで

体重:−1kg

見た目:顔・下腹が先にすっきり

胸:サイズほぼ維持

 

やることは【4つだけ】

① 運動は「今のまま」

朝のラジオ体操:そのまま

通勤8000歩:そのまま

👉 増やさないのがコツ

 

② 夜だけ少し調整

これだけで十分です

夜のご飯を「気持ち少なめ」

甘い物は週1まで

おかず(タンパク質)は減らさない

👉 夜を抜いたり、炭水化物ゼロはNG

 

③ 毎日30秒の「下腹ケア」

・ラジオ体操後にドローイン10秒×3回

 

体重の落ち方(目安)

1週目:−0.3kg(むくみ)

2週目:−0.5kg

3〜4週目:−1kg達成

努力、洗練、そして個性

ずっと出来なかったことができるようになり、次の段階に進めることにもなったのが嬉しい。

コロナ明けから長い道のりだった。

 

いつも、Jiminのダンスを見ていて、あの美しいダンスを見ていて、

踊りであれ、何であれ、人は技を洗練させていくことができると励まされている。

努力するかしないか、そこに違いが大きく現れるのだと思う。

 

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しかし、一方でVのこのダンスを見ると、技の修練だけでは不十分だと感じる。

人を魅了する個性というものがある。

同じダンスだし、技のレベルに大きな差はないはずだが、

かっこよさが後ろの二人と全然違うではないか。

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技の修練、そして個性の表現という、二つの要素が大事なのよね。

夢、あるいは近い将来のこと

 

SEとして20年近くやってきて、約10年前からは英語も継続してやってきた。

 

担当が純粋な国内業務であったこと、母語でこそ、レベルの高い仕事が可能でありお金も稼げること(当たり前だが)、途中でやめることは簡単、という人生の基本スタンス、安定した福利厚生など、さまざまな事情から、随分今のポジションに長居をしてしたと思う。

 

しかし、そろそろ自分が取り組みたいことにもっとフォーカスし、転身してもいい気がする。

 

修復不可能な人間関係

不規則な会社生活、そして食事

体力に頼った働き方

など、

 

これからの20年を心地よく過ごすため、

一掃する時がきたのかもしれない。

 

2026年にやることは、今整理をしているけど、

この思いがベースになると思う。