「ファースト・マン」の劇場公開に合わせて

デイミアン・チャゼルの最新作「ファースト・マン」の劇場公開を待つ間、過去の作品を見ていた。La La Landは既に見ていたので、Whiplash(邦題:セッション)を。

 

暴力的な教師と才能溢れる若きジャズ・ドラマーのぶつかり合いを描いた本作。極限まで生徒を追い詰めることで、最高の演奏家や音楽が生まれる、だから、肉体や言葉の暴力も追い詰めるためには必然なのだ、と言う理論は常軌を逸している。でも、演技とストーリー展開が見事で、最初から最後まで目を離すことができなかった。道徳的な是非はともかく、衝撃的な映画だった。

確かに、Good Job!Like!といった共感や称賛だけでは夢は成し遂げられない。その道で名を馳せようと思ったら、まず何者でもない自分を認識し、恥じるところから始まる。自分が何者でもないことを認識させてくれる存在として、プレッシャーを与えてくれる先生や憧れる先人の存在は必要だと思う。

映画では、モダン・ジャズの創生に、その演奏スタイルが大きく影響を与えたと言われているチャーリー・パーカーが偉大なる存在として引き合いに出される。英語として新鮮だったのは、

チャーリー・パーカーがどのようにしてチャーリー・パーカーになったのか?

I told you the story about How Charlie Parker became Charlie Parker.

Good JobLikeで済ませていたら)未来のルイ・アームストロングチャーリー・パーカーの誕生をこの世界から奪ってしまうことになる。

We’re depriving the world of the next Louis Armstrong, the next Charlie Parker.

といった表現。日本語でも普通にこういう言い方はするけど、英語でもされるんだね、という気づき。いつか真似してみたい。

タイトルは、原題の”Whiplash”(鞭打ち)の方がしっくりくる。教師の鞭打ち、血が滲む程のドラミングの練習、繰り返し演奏されるジャズのスタンダードナンバーのタイトルでもあり、全てが包含できていると感じる。邦題のの”Session”(演奏や授業など)では生ぬるい感じがする。

 

さ、レイトショーがあれば、今週あたり「ファースト・マン」行こうか。