ファースト・マンの感想と麒麟がくるへの期待

お正月に、デイミアン・チャゼル監督の「ファースト・マン」を見た。このブログを見返すとレイトショーで見ようとしていたのが、昨年3月のこと。月日の流れが本当に早くて、アマゾンプライムでもう無料になっていた。

 映画は、人類で初めて月に降り立った宇宙飛行士ニール・アームストロングの伝記がもとになったもの。タイトルから英雄譚を想像していたが、まったく違っていて、一人の人間としての内面を掘り下げた物語だった。彼が抱えていたものが重すぎて、途中で見ているのが辛くなってしまったが、それでも、私はこの映画が好きだった。偉業を成し遂げて歴史の1頁となること、それが月に行った動機だった、というよりは、亡くなった娘を思う悲しみが、彼を月まで連れて行った、という説の方が個人的には腑に落ちたから。これが真相だとするとかなり悲しいが、多少の影響はあったのかもしれない、と今は想像している。

 映像としては、宇宙に浮かぶ月や宇宙船、そして音楽の美しさが際立っている。特に、"Lunar Rhapsody"という1947年の音楽が使われているシーンが美しい。この曲は、実際に、月から帰還するアポロ11号の船内で聞かれた曲らしい。そんな音楽がこの世にあったなんて知らなかった。 

それにしても、この映画のニール・アームストロングは、あの歴史的なヒーローのイメージからだいぶかけ離れている。ふと、今年の大河「麒麟がくる」で、明智光秀はどう描かれるのだろうと思った。優等生的なNHKには、デイミアン・チャゼルほど大胆なことはできそうもない気がする。でも、私は光秀が好きだから、ステレオタイプ的なものではない、別の解釈、あるいは物語をちょっと期待している。